殉難者の日

こんにちは。なかのです。

今回は、日本語だと、殉難者の日
英語だと、Mraty’s Day
ビルマ語だと、アーザニーネ
と言われる祝日について、ご紹介します。

7月19日 に一斉に黙とう

7月19日午前10時37分、一斉に黙とうが始まりました。

普段から自動車があっちでも、こっちでもクラクションを鳴らしているので、最初は何が起きたかわかりませんでした。しかし、10時37分という微妙な時間であること、一斉にクラクションを鳴らしていることを考えると、これは普段の騒々しさとはわけが違うと思いました。

そうです。 ビルマを独立に導いた、建国の父・アウンサン将軍が暗殺された日でした。

あるミャンマー人の過ごし方

私にとっては、突然始まった殉難者の日ですが、ミャンマー人はどのように過ごしているのでしょうか。
疑問を抱いたので、ミャンマー人に質問してみました。

旧ビルマ政庁の外観

彼女は、友人と、ここ、旧ビルマ政庁を訪れたそうです。

1947年7月、独立が実現する約半年前、アウンサン将軍は他の閣僚とともにここで暗殺されました。

改装工事中で、普段は、予約しないと入れませんが、イベントの時は一般公開されています。

私も、展覧会が開催されている時に、訪れたことがあります。(2018年当時)

旧ビルマ政庁内の、アウンサン将軍らが暗殺された部屋のドア

この扉の先が、アウンサン将軍らが暗殺された部屋。室内を写真で撮ることは禁止されていたそうです。
建物自体は、改装工事中ですが、暗殺された部屋は改修せず、当時を再現する方向で動いています。

上映されているビデオを見る人々

これは、独立前の国内の様子を語るビデオが上映されている様子。

独立後のがビルマ連邦時代の国旗が掲げられている室内

こちらの部屋に掲げてある旗、これは独立後のビルマ連邦時代(1948年~1974年)の国旗です。

この後も、ミャンマーの国旗には星が出てくるのですが、大きな星が民族の団結を、小さな星が少数民族を表わしていると言われています。

話を聞いて、ビルマを独立に導いたアウンサン将軍への想いが垣間見ることができる、祝日の過ごし方だと感じました。

2020年現在の旧ビルマ政庁

2019年12月の情報によると、敷地は無料で一般公開されているようです。暗殺された部屋などは要予約の有料ツアーでの見学になります。本格的なオープンは、2021年を予定していますが、既にカフェとショップが営業しているという事です。

是非、ヤンゴンを訪れた際は、訪問してみてください。

この記事を書いた人

なかの

小学生の時に読んだ「ビルマの竪琴」に導かれて、大学でビルマ語を専攻し、約10カ月の留学を含めて、述べ1年以上ミャンマーに滞在しました。現在は大学院生。

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